「非在U」 反省会議


病的な会議 リスト

作家に人格乖離障害は(今のところ)認められないため、各人格はその分離が明瞭ではない。
よって、発言数が参加人格数にほぼ等しいものと思われる。


    過去に一度やってしまったことは、意識をさほど高揚させてくれない……。
    だからって、初個展は生涯でたった一度きりなんだし、毎かい記憶を初期化することは出来ないんだから、程々の充実感で満足するしかないだろう。永遠の高揚だなんて……全一存在じゃあるまいし……。
    自我はあるていど満足しても、自己は容易く満足しない。どんな事をやり遂げても、まだまだ全ぜん不十分だ。
    やり遂げた、だって? こと個展に限って言えば、おまえは大した仕事はしていないだろう。二度目にしてもうマニュアルができてるんだから、あらゆる手順はシミュレート済みさ。真の高揚感などあるはずがない。
    そう。主観的に高いハードルを乗り越えつつあるときにこそ、一ばん意識は高揚するんだ。今回それは、開催日の5週間前と2週間前に越えてしまった……。
    ホームページの開設と、著書の刊行だな。たしかにあの二つは 《仕事》 だった。世間的な意味での評価はともかく、底ぢからをよくあそこまで稼働させきったものだ。去年の9月下旬以来、30分の無駄もなかったからな。
    でも底力……潜在意識の牽引力は無尽蔵じゃない。二つの仕事でいわゆる運を使い切っちまったんじゃないか? だから本業のほうが芳しくなかった……。
    それは大いにあり得ることだな。HP開設だけでなく、三つの美術誌に広告や紹介記事まで載せてもらったわりには、来場者があまりにも少な過ぎた。自閉的だった前回とは違って知合いにも広くDMを出したし、『マスコミ電話帳』に載ってる要人や施設にも……。それで前とトントンじゃあ、これはもう惨敗としか言えない。
    大事なのは数じゃない……そう本に書いたのは一体どこのどいつなんだ?
    数はそれ自体が力の表われだ。結果として人々を牽き寄せることになった作品の魅力なのだ。数を軽視し・他の要素を強調し過ぎるならば、おまえは、おまえが忌み嫌う自己欺瞞の罠に嵌っているということだ。
    広がれば薄められる、ともおまえは書いたぞ。
    それはピント外れの意見だな。作品が広く知られるようになったからといって、絵そのものが変貌するわけじゃない。観手の感じ方や解釈が移ろうても、作品は不変だ。それが造形という手法の強みたるもの……。
    やはりそこに戻ってくるわけだな……文章を介した表現は、たとえ作品そのものが変わらなくても、人それぞれの価値観・世界観によって、どうにでも解釈されうる、と……。
    もとより言葉は魔物だ。短い単語やフレーズだろうと、体系的な思想だろうと、変幻自在に受け取られ、人を生かしたり殺したりする。
    じゃあ、視点を変えよう。……自著の刊行は、個展のPRとしてプラスだったかマイナスだったか……?
    もちろん、プラスだ。言うまでもなかろう。美術に興味のある人たちだけでなく、文学や精神世界の愛好家、さらには科学を専門としている学者にさえ、足を運んでもらえるチャンスだったわけだから……。
    その絶好のチャンスをものにすることが、おまえには結局できなかった……このシヴィアな現実は厳粛に受け止めるべきだろうな。
    そう言いながら、全ぜん深刻に受け取ってないだろう、おまえは。
    物作りで生計を立てていくのが容易くないのは初めから解っている。もし、ものにならなかったら、そのときは餓死すればいい……そうした覚悟はできているものの、貯金が底を突かないうちは不安に苛まれることもない。
    それを逆に言えば、食う物に困るほど追い詰められない限り、決してものにはならない、ということだ。
    潜在意識の対他影響力をフル稼働させるには、やはり死と隣合せに居ないとな。
    笑わせるな。自分の本性を過信してると後悔するぞ。おまえのような臆病者は、萎縮して何も出来なくなるのが落ちだろうぜ。
    そなたたち、一体いつまで無意味な戯言を吐き続けているつもり? 少しは読み手の立場になって、もっと気の利いた文句でも並べたらどうなの?
    微細画家を自称しているからには、物事を細かく観るべきだ。……確かに来場者数は思いのほか少なかった。だがその内訳は、直接てき知合いの絶対数が減った結果、前回よりも人脈の範囲は拡大しているということになる。そして、やっと把握できた常連人数のうち、昔からの知合いはその2/5に過ぎない……。
    前回は来てくれて今回は来なかった人たちの中には、そうとう突っ込んだ話ができた相手や、絵を気に入ってくれた人たちが10人ほど居るが……。
    まず間違いなく本の影響だろうな。多くの人たちにとってあの激辛の世界観は毒にしかならない。聞きたくもないことを聞かされて反感を抱くようになった人がいたとしても、全く不思議ではない。
    これからはおまえから離れていく人が続出するだろうし、敵だって増えるだろう。結果的に言って今回の個展は、人間関係を篩にかけたということだったんだ。
    自閉者としてはまんざらでもないんだろ?
    おまえは元もと結界が強固すぎるんだ。来場者を待ち望んでいながら、その実、すべての他人を警戒している……
    見知らぬ来場者で、本のカバー袖にある文を読んで怒りだした人がいたっけ……「世界そのものが間違っている」のなら、何をやっても駄目だということか、って……。
    あの文章は「あとがき」のごく一部だ。本文を通読するのはあまりにも大変だろうけど、せめて「あとがき」全文くらいには目を通してほしかったな。
    諦め切れぬ全ての存在たちに、どうか、より大いなる力あれ……最後の最後にそう書いてある。
    それがおまえの、言はば究極のメッセージなのか?
    さあね。 おまえ自身わかってないようだが、自殺もせずに生き長らえている以上は、未だ諦めていないってことだろう。ひどく冷徹で過酷な世界認識を抱いているにも拘わらず、さして暗いわけでもない、アウトサイダー アートっぽい絵を描き続けられるってことは、その生存活動じたいが肯定的メッセージだと言えなくもない。
    意識がどんなに荒んでいようと、身体は身体で懸命に生きる……それが生命体という存在の在り方だからな。要は、分裂を余儀なくされている状態にあって如何に均衡点を得るか、そしてその均衡を如何に維持するか、ということだろう。
    その点、自動筆記という描き方は格好の技法だな。いわゆるノイズは瞬時にして消えるし、どう仕上がるか解らないから描きながら高揚する。
    でも、必ずその代償があるだろう……前払いか後払いか、で?
    当り前だ。ただで手に入れられる物などないんだ。
    今回は、お客が来なくて暇なときでも、舞踏や両手奏の練習で充実できたな……。
    そうやって結界を張っていたんだよ、おまえは。
    とにかく動作感覚と連動した潜在意識を稼働させ続けることだ。創作活動でも、日常生活でも、心に主導権を握らせたらロクなことはない。
    そなた達はそれでいいでしょうけど、連動経路のできていない私の苦労を汲んでほしいものだわ。おまけに時間配分は最低限だし……。この半年間、私はまるで仕事をさせてもらえなかった……。
    仕事? おまえの受け持ちは道楽だろう。大体おまえは欲張りなんだよ……今さらゼロから鍵盤楽器を始めるなんて……。
    私に火を点けたのは誰だったかしら? 初個展が終わったら買おうと思っていたのはハーモニカだったのに、どこかの誰かがピアノの手引き書なんか読み出すものだから、けっきょく手に入れたのはピアニカだった……。
    第6章を書くのに音楽理論を調べる必要がどうしてもあったんだ。仕方ないだろう。
    それはあくまでそなたの都合……。そしてその仕事は完全に終わったんだから、もう好い加減、主導権を明け渡してもらいたいものだわ。
    弾けば弾くほど音楽的才能などないことがはっきりしてくるだけであろう。それでいて、ほとんど義務感に押されるようにして楽器を取り出し、思い通りに弾けなくて苛立ちを募らせ、その挙げ句、あの癇癪者を呼び覚ましてしまう……。何故おまえはそんなに自虐的なのだ? 正におまえにこそ、おとなしく眠っていてほしいものだよ。
    私が本当にやりたいのは、両手で別々の音を紡ぎ出すこと……。去年の夏、そなたは1枚めの大作でそれを試みて失敗した。だから私に仕事をさせよ、と言っているわけ……。
    相対音階すら覚束ないおまえに、両手の指を自在に操ることなんて……。そもそも幼少の頃に刷り込まれた音源が皆無に等しいのに……。
    持ち駒を取り変えることはできない……出来るのは、どの持ち駒を使うかを選択することだけ……偉そうに書き綴ったその御言葉を、そのままそなたに返しましょう。……私は私の仕事に専念する。これからは誰にも邪魔はさせぬ。
    まあ、仕事をするのは各自の勝手だが、バンドなんか始めて社交に余計な時間とエネルギーを取られるのだけはご免だぜ。
    そんなことするものですか。他者づきあいはそなた達だけでたくさん……。
    同感だ。そもそもこうやって問答していること自体がエネルギーの無駄遣いというもの……。
    そうだな。あの癇癪者が浮上してくる前に解散したほうがいい。奴は、動作そっちのけでおしゃべりしている俺たち全員を憎んでいるのさ。
    全人類に対して腹を立てているあいつこそ、実は一番の無駄遣いなのにな。
    だけど、ベートーベンも癇癪持ちだったんだろ?
    やれやれ、お目出たいやつだな、おまえは。


 ----------------------------閉会(6.May.2008)----------------------------

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