神話〜MYTH

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大漆黒者 全知者
太古 同調
全一者 末端者

断片群の所々にある褐色字は、原書ではルビ付き語句に、太字は強調点つき語句になっています。前者にマウスポインタを合わせると、ツールチップでそのルビが表示されます。

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第9章扉

拘禁と格闘


   太古の微小者 無次元の同調

注釈リスト


188 注釈

 純白の正円が視野の中心に在った。仄かに明るい淡彩色の宙空をその背景とした、真っ白な光の球体であった。     
 宙空全体の薄明るさと白い円との対照は、記憶に跡を曳くどこかのあまねき薄明と、そこをめぐる白色の大光輪を髣髴させた。     
 異様に大きな何者かと語り合っていた……そんな閃きが不意に意識を掠めたものの、捉えようとする傍から茫漠と薄れていった。
   第9章冒頭

189

 全く憶えのない不可思議な空間であるにも拘わらず、どういうわけか身体はそこに馴染んでいた。基盤方向に強く引っ張られているのが解るが、そのことを絶えず意識させられるほどの違和感はない。収縮するように緊張していた全身が、光球の放つ熱を浴びて次第に弛緩していくのを感じる。快い……。
   P326 第11行〜

190 注釈

 短時間のうちに次々うけ取ることになった豊富に過ぎる知覚印象の数々を、自らの意識に同化させて理解する暇もなく、身体のほうは早くも次の行動に移っていた。さほど広くない高台を横切り、その縁に立って斜めに臨むと、薄暗い凹所へと下っていく斜面の、稜線に沿った方向、先ほど凝視した構造物の在る側へ横ざまに跳躍したのである。素早く二本の上部可動突起物を斜め前方へ突き伸ばす。すると、今までどこにどうやって納められていたのかと驚愕するほど広面積の薄い物体が二枚、上下それぞれ一本ずつの可動突起物を継ぐようにして身体中核の両側に大きく展開した。それらの薄面体は、{……}浮いた身体をしっかりと宙に支えた。どうやら自身の一部であるらしかった。
   P330 第17行〜

191

 ……基盤表面……無限平面……ではなくて曲面……球面……球体……大球体……いや、巨大な粒子……粒子……極微粒子……そして、それに貼り付けられた…………表面存在者!
 ふと自身がいま行なっている移動法に気を引かれた。異形存在の跳躍とは違い、自らの重みを打ち消す行為……飛翔、であった。
 ……飛翔力を発達させた…………特異種族!
 記憶が炸裂したように押し寄せてきた。その衝撃に抗しきれず、かのものの意識は瞬く間に別の領域へ飛ばされた。
   P332 第10行〜

192

 間もなく明らかになったのは、その空間自体が当の特異種族によって操作されているという驚くべき事実だった。半円状の細円筒体を動かすことによって、その推進が調整されているのである。浮き上がったり沈んだり、時に激しく横揺れしたりといった体感からすると、どうやら空間そのものが飛翔しているらしい。……改めて注意を三方の平面体に順次むけていくと、いずれもその上半分が薄い透明物質で出来ており、そこから外部空間が透かし見られるようになっていることが解った。
   P334 第4行〜

193

 飛翔空間が下降推進していく真正面の液体表面上に、暗褐色の歪な集塊が隆起しているのが観えた。先ほどの種族にあったような凝視能力を持たないらしい、この弱視種族の拙い映像知覚を通してさえ、それがこの極微粒子そのものの基盤凸所、ここの表面生存者たちに残されたあまりにも僅かな存在領域であることが解った。もちろん最終目標点はそこ以外にあり得ない。だが、飛翔してきた以上は出発点が存在するはずだ……。
   P336 第13行〜

194

 移動先に二体の同類がこちらを向いて立っていた。{……}一方は他方よりもやや小柄で、前面を除く最上部全体から無数の長い繊維体を伸ばし広げていた。{……}その小柄なほう、頑丈そうな上部可動突起物を両方ともその基部まで露出させている同類が、こちらが行き着くのを待たずに、抑揚の著しいを発しながら自ら近づいてきた。そして、最上部の中程に並ぶ二つの輝晶体それぞれの、中央に煌めく暗色の視点ふたつで真っ直ぐこちらの視界を捉えながら、両方の上部可動突起物を持ち上げ……かのものの上体を、両側から力強く……んだのだ。
 不意の異常接近と、初めての全身的接触と、その物理的体感とが相俟って、かのものを激しく揺さぶった。
   P340 第4行〜

195

 そこは完全なる闇だった……。
 いや、そうではない。これまで同調してきた二種族の映像知覚手段を通すならば、闇と見えるはずの領域であった。
 新たな身体の主は明らかに別の種族で、かのものは、その全く異なる知覚を通じて周囲の物理的状況を確実に捉えていた。極微振動による反響定位がそれである。{……}身体を両側から締めつけられた感触がここでもそのまま持続していた。錯覚ではなかった。今度の身体の主は、一体のおそらく同類と互いにえ合った状態にあり、相手の身体をゆっくりと基盤表面に降ろしているところだったのだ。{……}間違いなくその同類は深刻な損傷を蒙っていた。
   P340 第16行〜

196 注釈

 遂に身体の主は意を決した、らしい。それまでとは音色の異なる極みじかい音を発すると、お互いの最前部どうしが対面し合うようにして相手の身体に覆い被さったのである。{……}自らを静止させた身体の主は、振動数の微妙に高い極微振動を相手の深奥部に焦点照射させながら、奇妙な抑揚を伴った一連の低音を開口部に上らせた。……その感じはまたしても、種族に違いを超えて観察されるあの行為の趣、まるでその有音表現に己の全意識を浸透させるかのような、厳かでありながらも不思議と安堵させられる陰影を帯びていたのである。
   P342 第17行〜

198

 {………}それにしても、もはや意識を持たぬ形骸であるとはいえ、見事なまでに収縮・球体化したその物体が、精緻・複雑な身体機能をほしいままにしていた特異種族の一員であったとは、実際にその変容を直接体験してさえ信じ難いほどだった。まるでこの表面存在者は、かのものが未だその全貌を観る機会のない、極微粒子そのものと化してしまったかのようなのだ。
   P345 第18行〜

199

{……}上昇を終え・等高飛翔に移った高度から望見されるその世界の、なんと壮大で色鮮やかなることか……。色調のごく限られた反響映像との対照という主観上の感受効果を差し引いたとしても、いま臨んでいる展望は真に驚倒的なものであった。視界に納まる限りの全方位に渡り、遮るものとてなく遠い果てまで広がる液状物質大平面の深みを湛えた青。その表面の一画で、おそらくは上側方の被遮点に位置する円球の光線を映して煌めく金色の微粒子群。彼方で大平面と接する宙空全体を彩る澄み切った紺青の、無限の深度を暗示している透明感。それらの境界線近くから立ち上がった浮遊物質の集塊が放つ鮮明に冴え渡るような白さ……。
   P349 第14行〜

200

{……}自らの身体感覚を通じ、たった今とり入れた液状物質によって活力が増したことだけは確かに感じる   さっきの種族が同類の身体液からそれを授かったように……。あの同類は、体内の液状物質をことごとく吸引されたがために収縮し、球体化したのだった。では、今の球状体は……?
 液状物質を湛えた小球体の元の形を想い返しているうちに、突然の閃きが訪れた   
 何者かにつながった状態で大きくなった存在……。
 このような同調体験を積むことになったそもそもの発端である奇妙な譬えのことだ。あの一方の極から突き出していた細い突起物は、そのつながりだったのではないか……。
   P352 第8行〜

201

 そんな状態にあっても身体の主は、自らの可動突起物を細円筒体から離すことはなかった。今のところ飛翔空間の操作に支障はない。前回のおそらく危機的な状況にあってさえ、終始冷静に行動し・それを乗り切ったこの特異種族を、かのものは既に信頼していたから、不安に陥るようなことはなかったが、主観として覚える体感のほうは、尋常でない身体上の異変を明らかに示していた。不安なのは、むしろ身体のぬし当者のことだ。この強かな生存者にいったい何が起こったのか{……}?
   P355 第1行〜

202

 あれほどの嫌悪感を覚えうる身体で存在しなければならぬ、表面生存という在り方のなんたる過酷さ……。この感受性の高い身体では、一瞬の後にどんな惨状に陥るか全く解ったものではない。一刻一刻が未知の事態に対する緊張の持続だ。そんな常態を過ごしているのだから、その繊弱性も強かさも、他の存在が持ち得るものとはまるで次元が違っている。極度の繊弱性をって存続しているということ自体が、既にして極めて強かであることのなのだ。かれらの在り方はこの自分の耐久能力を絶している。だから、逃げ出してきたのだ   身体の主を置いて……。
   P356 第5行〜

203

{……}現在なにも観えないのは、外界が真っ暗だからである。飛翔している以上、極微粒子の内部にいるということはまず有り得ない。光の微粒子群の煌めきが見当たらない以上、圏外宙空領域でもない。となると可能性は唯ひとつ、極微粒子そのものによって円球、つまり帰属微粒子の光が遮られる側に位置しているのだ。多分そちらの半球からは、不可視の超極微粒子層を透かして、遠い微粒子群の光が観られるはずだが、浮遊物質の大集塊に隠されているのか、上空は完全な暗闇であった。
   P357 第11行〜

204

 液状物質大平面の上空、同数の同型飛翔空間から成る……その類似が、あの身体の主にこの出来事を思い出させたのだ。かれの記憶を介して移行してきたこの領域は過去の時空、身体に異変を生じさせるほどの記憶をその意識に刻む、正にその出来事が起こらんとしている時空なのだ。これから体験することになる事態は、身体の主にとって辛い経験であったに違いない。あれほど深刻な異変の原因なのだとすれば、それは快いものであったはずがない。……かのものは、後に残してきてしまった将来のかれの身を案じた。
   P360 第13行〜

205

 しばらく何事も起こらなかった。
 だが……間延びしたかのように永い数瞬の後、外界に、飛翔空間の下方両側から、光炎の放射を曳く円筒体が同時に現われ、どこまで行っても “平行” な遠近感不在の軌跡をなして、ひどくゆっくり遠ざかっていくのが観えた。その加速された主観時間の中で、かのものは、それら炸裂炎上式の物体が構造面に衝突する前に、この時空から脱出することを決した。
   P364 第5行〜

206

 炎上する大構造領域から逃げ出してきたのは、自らがそうした苛烈な事態を出来させるという状況が厭わしかったからではなかった。そうではなく、かのもの自身が、その行為に、歓喜を覚えることに堪えられなかったからなのだ。方々で炸裂・炎上が起こり、火炎の明かりが刻いっこく拡がっていく光景を上空から眺めていた時、その壮絶な美しさに魅入られ高揚するだけにまらず、その美を自ら更に高め、完成させたいと欲する瞬間がかのものにはあった。何故ならばその絶景は、構造面領域に元もと煌めいていた無数の光源の広がりや、飛翔空間内の前面に展開していた緻密な表示光群の延長に他ならず、それらを美的に拡大・発展させたものだったからである。
   P366 第12行〜

208

 どうか、かれが、無事であれ。
 再びかのものは無音/のまま 発信 した。
 想い浮かべた情景は、液状物質の平穏な大平面……身体の異変から回復し、緊張を解いたかれが泰然と眺めているはずの景色だ。いま同調中の身体は穏やかに寛いでいる。この現状が時空を超えて体現されんことを……。
   P367 第16行〜

209

{……}そこを渡れば構造領域の外縁はもう間近だ。領域の基部に側方から寄ってきた運行帯は、横列した太い円筒体群によって様々な高さで宙に支えられた幾本もの直交運行帯の下を抜け、外光で眩しいその向こう側へと続いている。体感は平静そのもの……ただ意識だけがいつになく高揚している。
   P370 第17行〜

210

 領域内には夥しい数の特異種族が群れをなしていた   屹立した構造物や突起物群を縫っていく運行帯にも、その上空の到る所にも……。とある一画には、様々な物体を並べ広げた開放式の小構造物群が幾重にも連なっていて、無数の同類たちが大小の物体を眺めたり調べたり取り上げたりしていた。その密集度は常軌を逸して甚だしいもので、まるで別個に知覚できぬ凄まじい不協和大音響が渾然と辺り一帯を取り巻いているほどだ。意に反して炎上させてしまった巨大構造面領域にも今みているような数の、いや、もっと多数の特異種族が生存していただろう……本来ならば意識を凍らしめていたはずのそんな追念ですら、現実にいま襲われている強烈な印象に圧倒され、全く影響力のない束の間の連想に終わってしまった。、
   P372 第15行〜

211

 構造物からして奇妙だった。初めに通った薄暗い構内から狭放射状に伸びる運行空間の一つに入り込むと、上面の到る所に不規則な配置で灯る小さな発光体群が、それぞれ時間差をもって間歇的に消えるため、空間全体としては絶え間なくその照度分布が変動している。その惑乱効果により、移動先の見通しがまるで利かず、だんだん方向さえも覚束なくなってくる。おまけに分岐や交差がやたらに多く、その角度もまちまちだ。先導者がいなかったら間違いなく進退に窮するだろう。幾度となく向きを変え、数えきれぬほどの交差をやり過ごしてきたのに、情景は全く変わる様子がない。そこはまるで……迷界であった。
   P374 第13行〜

212

 互いに向かい合った両者の交信は、ここに至るまでに交わしてきたものとはその響きがだいぶ異なっていた。おそらく初対面ではないのだろう。{……}双方はしばらく静かに語り合った。当種族を個々に識別できるわけではないのものにも、対面者がそうとう年経た者であることが解った。元らい黒光りしているべき輝晶体は、二つとも白濁していて動きもない。当ぜん映像知覚能を失っているはずだ。にも拘わらず、その者には明らかに全てが観えていた{……}。
   P376 第1行〜

213

{……}そうした上で両者は、互いの頂部前端を軽く触れ合わせたのだ。……と、その接触部分から、吸引力と照射力を組み合わせたような、複雑であると同時にこの上なく単元的とも感じられる微細な響きのようなものが伝わり、徐々に最上部の全体すみずみへと展開していった。身体の主みずからの意識に実際なにが起きていたのかは知るべくもない。だが、かのものの体感印象を表現した限りでは、意識を構成している全ての要素が本来あるべき場所にそれぞれ収まっていくかのような、汎意識上の焦点調節、とでもいった作用だった。操作されたわけではない。整理されたのである、たぶん……。
   P377 第7行〜

214

 前方に展開していたのは、内面全体が発光性の微細な模様でめつくされた、下り勾配の広い円筒空間であった。ひととおり観わたした身体の主が望遠凝視で或る箇所を拡大してみると、それらの模様自体が更に細かい模様で構成されていることが解った。不意にかのものは、以前どこかでそれと全く同じものを観た憶えがあるという感覚に襲われたが、記憶を探る暇は与えられなかった。身体の主は視界を元の広角状態に戻すと、体側の両薄面体を広げながら、宙空に突き出した運行帯の縁から前方へ跳躍したのだ。透かさず体勢を前に傾け、円筒空間の軸線に沿って滑空し始める。
   P379 第8行〜

215

 全身を後方に擦り抜けていく超極微粒子群の絶え間なき流れは、始めの場所から刻いっこく遠ざかっていることを、そして、帰還できる可能性が間断なく減り続けていることを確然と示していた。{……}かのものの視界に映るのは、果て知れぬ彼方からこちらに押し寄せてくる活きた模様の大群だった。不思議なことにその光景が、自らの意思に反して視野の焦点が絞り込まれ続けているような、嘗て経験した憶えのある不穏な感覚をよび起こすのであった。{………}それは、抜け出したいと願っていながら深みに嵌っていく自分をどうしても止められない、といった脅迫焦燥的な不安だった。
   P380 第14行〜

戻る
197

それは、己自身を無きものにした上で表現そのものに成りきり、傍らの、あるいは意識上の他者に向けて静謐に、だが堅実に紡錘放射させるかのような、映像知覚不能の熱振動のごとき力{……}。
   P343 第8行〜

ギャップ
207

とにかく{……}その欲求を実現させるという体験を己自身のものとすることを拒絶した……。正にその選択こそが、なんとか成功させ得た離脱の意味だったのである。
   P367 第6行〜

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